2009年10月29日木曜日

初めての国内巡業










先週末に初めてポーランド国内を、日本文化紹介ということで旅行してきました。
バルト海に面した、北にあるグダニスクというところへ行ってきました。北にあるけど、海に面しているからか、内陸のこちら(ウッジ)よりも暖かかったです。
我ら日本人ボランティア一同は、まるで田舎芝居の旅巡業のように長距離列車に乗り込み、私は初めてだったので、ワクワクしながら旅立ったのでした。
新幹線があったら、恐らく2、3時間で着くのかもしれない距離を、7時間以上かかってやっと現地に到着しました。この国では、飛行機を使わない限り、どこに行くにも1日がかりになってしまうようです。
それと、私たちは団体だったから、時には居眠りしながらゆったりとしていましたが、基本的に電車などの公共機関の中で無防備な状態になるのは、とても危険だそうです。何か盗られても、寝ていた人が悪い、という感じですかね。特に私たちのような、明らかによそ者は、絶好のターゲットになるみたいです。うーん、ポーランド国内の一人旅…私にできるだろうか? 絶対に寝ない、なんて無理だぁ。
話は変わりますが、行きの列車の中で、着いた先で使う折り紙をみんなで折っていたところ、車掌さんが改札に来ました。その時はすぐにいなくなったのだけれど、珍しかったんでしょうね。何か視線を感じて顔をあげたら、コンパートメントの外に車掌さんが二人いて、じーっとこっちを見ているんです!!びっくりしたのと、気味が悪かったので、無視していたら、とうとうこらえきれずに、コンパートメントのドアを開けて、何か話しかけてきました。山に積んだ折り紙がたいそう珍しかったようで、渡したら、しげしげと見ていました。あまり楽しそうにしていたので、仲間の一人が一つあげようとしたのですが、それは遠慮して受け取りませんでした。日本を出る前に、ボランティアの仲間から、折り紙はコミュニケーションづくりにいいわよ~、と言っていたのを実感した次第です。
さて、地方巡業のグダニスクでは、新米の私は着物を着て、ただ愛嬌よくしていればよかったはずが、日曜の帰りの便が二つに分かれて、ベテランさんが先に帰ってしまったので、急きょ私が着物を着つけるのを見せることになりました!?
人前で着つけるなんて何十年ぶりのことなのに、度胸だけはいいので、気安く引き受けてしまいました。挙句に全く練習もしないで、ぶっつけ本番で行ってしまいました。案の定、おたおたしながらになってしまいましたが、モデルさんが心得ていてくれて、自分でどんどん着つけられていってくれたので、なんとか助かりました。自分が恥かくだけじゃないので、ちょっと、かなり反省… 次からはちゃんと練習しよう!!
今回は時間がなくて観光はできない、と諦めていたのですが、世話人の先生が気を遣って手配してくださったようで、土曜日の夕方から、食事も含んで数時間、市内観光をガイド付きですることができました。さすが観光地だけあって、道路の石畳があまり凸凹していなくて、歩きやすい! しかも犬の糞を気にして下を向いて歩かなくても大丈夫! 住んでいるところとの違いに「やっぱ、観光地だわ~」と感激していました。
日曜の午前中は、近くのパイプオルガンで有名な教会のミサに出てみました。ちょっとのぞいてみるつもりが、抜け出しにくい状況になってしまい、結局最初から最後まで出ました。これも一つの経験でしょう (^_^;)
その後どうしても海が見たい、ということで、海を見に行ってきました。冬の海はさびしくて、灰色でした。でも波は穏やかでしたね。とにかく海が見れて感激して、ついでにおいしいケーキを食べたので、思いっきり満足しました。(おかげで、着付けの練習をしなかったのだけれど…)
帰りは、グダニスクを夜の7時過ぎに出て、ウッジには夜中の2時につきました。ここで降りる人がかなりいて、そのせいか、タクシーもいっぱいいました。周りの人の様子を見ていると、みんな何か電話をしている。聞くと、タクシー会社に電話して自分で呼んでるということでした。
私たちはそこにずっといたタクシーがいたので、声をかけたら、やっぱり呼ばれてきたタクシーだったようで、代わりに別のタクシーを呼んでくれました。あとから来たタクシーの運ちゃんもいい人で、私が門の中に入るまで外にいたくれた(?ような気がした お金数えてだけ?)。
そうそう、旅行中の日曜日の深夜に夏時間から冬時間に変わりました。だから、今は日本とは8時間差になります。

しばらくはこうやって人に連れて行ってもらって国内旅行をすることになるでしょう。
年明けたら、ひとりでもスキーに行くことができますように。

2009年10月22日木曜日

違いを感じる その2 食事からの考察




こちらでは、とにかく食べものが安い!!
しかも、ハム・ソーセージ、チーズはとても美味しい。
パンもすごく安い。フランスパンのバゲットが、日本円にして15円くらいで買える。
パンも毎日焼きたてなので、美味しい。でも、次の日にはすぐにボソボソか、硬くなる。
ちなみに、9月の私の食費は、最初の2週間がホームステイだったので、ここは全くかかっていませんが、日本円で1,200円位でした。しかもこれって毎日のビールの値段も含んでいて、ですよ。
皆さん、日本の年金でも、ここでなら、なんとか暮らせそうですよ。

ここでは日に4回食事をします。
最初が、日本と同じように、朝起きて、朝食をとります。基本的にパンとハムとチーズのことが多いです。休日の時など、時間がある時はパンケーキ(といっても日本で言うクレープくらいの厚さです)にホワイトチーズやジャム、ハムなどを一緒に食べます。
次に11時から13時くらいの間に第2朝食と呼ばれるものを食べます。これはサンドイッチや街で外食する時は、ケバブ(ピザトーストのようなの)やピザを食べます。日本でいう、昼食に当たると思います。
ここからがすごいんですね。
午後3時過ぎから5時ごろにディナーと呼ばれる(ポーランド語ではオビァドと言います)昼食を食べます。ディナーといわれるだけあって、まずスープを飲みます。そしてメインディシュ、サラダ、付け合わせはパンやご飯(コメ)やマカロニ類になります。ここのスープはいろんなタイプのものがあります。
食事は比較的味が濃いので、日本人の口に合うのではないかと思います。というか、私の口にはとてもよく合いました。ただ、脂が多いのと、肉の量が多いのは、ちょっと問題でしたけど。
ホームステイの2週間に私が食べた肉の量は、去年1年間に私が食べた肉の量くらいに匹敵しています。
でも、こちらでは魚をあまり食べないので、ああ、味噌汁にアジの干物が食べたい、と思うことはありますね。
基本的には現地の食べ物を現地の飲み物でいただく、というのが私のポリシーですから、ウォッカやビールが飲みモノだと、必然的に肉や脂っこくなるのだろうなぁというのが私の感想です。
話がだいぶそれましたが、これが、『昼食』です。食事の後、時にはデザートでケーキやアイスを食べます。こちらではケーキはほとんど自家製です。果物もたくさんあるので、フルーツやチーズをたくさん使ったケーキが多いです。ケーキは、はっきり言って、美味しい!です。やたら甘ったるいというのではなく、日本で食べてもおいしいと思います。アイスは、こちらが乾燥しているから、乳脂肪たっぷりのアイスが、すっごく美味しいです。家庭だと、これにとろっとした、プランデーっぽい香りぷんぷんのリキュールをかけて、季節によってはペリー類も載せていただきます。どこかのテレビ番組で「まいうー」と騒いでしまいそうなくらい、うまいです。
こんな早い時間にディナーを食べるからでしょうか。夜8時か9時ころに、夕食(夜食?)をとります。
これは、朝食とほぼ同じで、パンにハム、チーズ、そしてコーヒーか紅茶になります。
ホームステイ中もさすがにこの夕食は食べられずに、『I'm full』を毎日のように言っていました。それでもやさしいポーランドの人たちはディナーの後、2,3時間すると「おなか空かない?」といつも心配して聞いてくれました。こんだけくったら、さすがの私も胃がもたれてしまうので、丁重にお断りしていましたが、高校生の女の子はバクバク食べていました。
今は細いけど(足が長くて、スタイルがすごくいいんです、若いうちはみんな)、いつからこの反動が出るのか、観察してみたい気もします。
ちなみに、同僚の日本人女性は、ホームステイしていた時は食事が重すぎて消化できずに、食べても直通だったそうです。(食事がまだな人、ごめんなさい)
この食習慣は、この国の働き方に合っているのでしょう。
どっちが先かわかりませんが、大体朝7時か8時ころから、男性も女性も働き始めます。そして、特に昼休みというのはありません。適当に休憩しながら、小腹がすいたら、あの第2朝食を食べるようです。
そして、大体午後3時ころに仕事が終わります。男性も、女性も、学校もです。
だから、それでみんな家に帰ってみんなで食事をするんです。ゆっくり食事ができるから、このときがメインになるのでしょう。
夕方公園に行くと、男性が乳母車を押して散歩している光景を自然に見ます。男性も育児に当然のように参加しているんですね。そのせいかどうか、ホームステイの家でも、高校生の娘と父親の仲がすごく良かった。日本だとちょっと考えにくいですね。でも、不思議なことに、料理、洗濯、掃除は当然な母親の仕事になっています。これをぶつぶついう女性はいないようです。庭の片付けは、基本的に男性がやっていますから、分業ということになっているのでしょうか。
それから、お風呂(バスタブ)はほとんどの家庭にありません。シャワーだけなので、日本のように、子供を風呂に入れてくれないと愚痴ることもありません。基本的に、こちらの人はシャワーもあまり浴びないようですから(乾燥していて汗をかかない)、子供もきっと毎日はシャワーしないのかも…これはあくまでも想像です。

話が全然まとまらなくなってしまったので、これでおしまい。








2009年10月14日水曜日

初雪












今日は10月14日です。
先週末より、かなり冷え込んできていましたが、今朝は、なんと、雪です!!

寮の暖房もなんとか昨日からはいりました。
間一髪、セーフでした。入っていなかったら、『ポーランドで邦人の凍死者が…』のニュースが出たかもしれない…そのくらい、部屋にいても寒かった、うぅ。
こちらの人は寒さに強いので、まだ真冬の格好をしていません。
環境に対する人間の順応性の高さを実感しました。
でも、私が順応するには、生きてるうちには無理かもしれない。
なんせ、過去数十年かけて、南国仕様に順応させてきたのだから。

一気に冬の気配を見せたポーランドには、今年は《黄金の秋》はなかったのでしょうか。
10月末に晴れた日がなかったら、長い冬に知らないうちに突入していたと思っていいのでしょう。
これから、暗くて寒い冬が来年の4月頃まで続きます。ブログが途絶えたり、かなり暗い、愚痴のような内容になってきたら、危ないです。
今は、昨日暖房が入り、心まであたたくなったような気でいますから、余裕、余裕でいます。

授業も少しずつ、わからないながらも組み立てられるようになりつつあります。来週からは、高校にもデビューします。
何かしでかしたら、またブログ公開します。
当面は、骨折注意、かな?

2009年10月10日土曜日

授業開始!!

わかっていたことなのだけど、相変わらず準備の悪いねえさんは、先週は怒涛のような授業の準備に追われ、しばし睡眠不足に。
といっても、しっかり6時間以上は寝ているから、日本にいた時に比べたら、まだよく寝てるうちか。

初めての授業は、こちらでお世話になっている先生が突然やってくれることになり、ほっとしたのも束の間、時間になっても、先生が来なーい!! 
真っ青になっても、どうしようもない。腹をくくって、どもりながら、英語で自己紹介をした。
人を頼って安心していたから、今日の授業予定は全部寮に置いてきちゃったし……どおしよぉ…
自己紹介なんか、頭真っ白状態だから2、3分しか持たず、気まずい雰囲気が…汗たらー;

遅れること30分、やっと先生登場、平然とした顔して、他の日本語ボランティアを引き連れて入ってきた。それからポーランド語と日本語で授業開始。
文字の成り立ちからはじまって、教室で使う言葉、あいさつ、出欠、と当たり前だけど、滑らかーに進み、私にとって初めての授業は終了。

なんで、先生来ないのー?と恨めしく思っていたが、突然代わってくれちゃったり、時間に来なかったりしても動じないのが、ポーランド流。
この程度でアセアセしていたら、1年は持ちませんね、はい、実感。

次の日は、90分授業が4つ、その次の日も2つと相成りました。
学生は少しは日本語が分かるので、初歩の初歩段階はつまらないみたい。
でも、君たち、私もポーランド語の最初はそうだったんだよ。でも、あっという間に教えられる量の方が、覚えられる量を上回ってしまうのだ。
前期が終わった時に、できれば全員残っていてもらいたいものです。

今回は写真を撮っている余裕もありませんでした。
次回には、かわいい、ボン、きゅっ、ボンの学生さんを紹介できたらいいですね。
日本だと、個人情報の問題が発生しそうだけど、こっちはどうなのかなぁ。
また捕まったら、やだなぁ。 (あり得ないってね)

2009年10月1日木曜日

派遣大学の始業式に参加


おととい、突然事務の人がやって来て、始業式で紹介するから、着物を着て出席してくれ、とのこと。
了解はしたけど、不安になって着物を取り出し、一応着てみた。うん、何とかなるね。一安心。
同僚のNさんは着物がまだ送られてきていないので、私の浴衣を着ることとなった。うまく着付けられるのか、これまた不安になって、自分で帯だけ結んでみた。うん、何とかなるね、これも一安心。
式は11時からスタートした。こちらでは、大学は卒業式はないそうだ。入学式もないみたいなのに、始業式だけはあるんだね。
私たちだけが民族衣装を着た異人のような感じだったが、とにかく珍しいし、日本語学科にネイティブがいるというのを売りにもしたいようだ。
でも、実力は未知のボランティアの人間を式に招待してくれて、学長の話の中でわざわざ紹介もしてもらい、破格の待遇を受けたのだ。感謝と同時に、責任も感じた。
さて、出席者が席に着くと、学長以下、トップ?の人たちが、ローブ?マント?を着て登場。
えー、ハリーポッターとほぼ一緒だ! 顔が全然違うけど、学長は、さしづめダンブルドーレみたいだ、等と内心感心していた。
式が進み、学長の訓辞?の後(とにかく何言っているのかわからないので、雰囲気で察するところ、である)、角帽をかぶった、卒業生と思しき数名が呼ばれ、CERTIFICATEのようなものをもらった。卒業生にしては数が少ないなぁと思い、後で聞いたら、各学部の成績優秀者だけ表彰されたらしい。これは名誉あるものなんだ、とまた感心。
その後、ポーランド語で講義のようなものがあり(どうもヨーロッパでのポーランドの成り立ちを言っていたらしい)、お開きになり、この集合写真と相成ったわけだ。
学生無しの慰労会みたいなのがその後にあった。
飾り付けを見て、関心、感激!!
この写真、わかりますか?
飾り付けが野菜なの! これがまぁきれいなのよ。 そして、ビッグなソーセージ!!
でかいカップみたいなのから、垂れ下げてあり、その迫力に、もうびっくり! 思わず笑いがこみ上げる。しかも、そのソーセージを手でちぎって食べるのだから、さらにびっくり!!
普通は体験できない、貴重な経験をさせてくださった皆様に感謝!です。