2010年4月17日土曜日

国葬

今日は、先日の事故を受けて、国葬です。

事故の確率は少ないですが、97名も一度に亡くなってしまったのですから、やはり飛行機事故は被害が大きいですね。

明日はクラクフに埋葬されるということで、結局月曜のお昼まで喪に服す、ということになりました。
つまり、公立の大学は授業がありません。
でも、うちは私立なので、たぶんやるでしょう。

ポーランドはカトリック教国なので、当然司祭様が葬儀を執り行なっています。
日本の国葬ってどうだったかしら?
宗教分離だから、お坊さんも神主さんも、関係なかったかしら?

昭和天皇の時は、皇室のしきたりにのっとって、だと思うけど、むかーしむかし、吉田元首相の時はどうだったんでしょうか?
憶えている人がいたら、教えて。

今回は、大統領夫妻は、クラクフにあるバベル城に埋葬されることになりましたが、結構世論はもめています。つまり、ここは国王とか、聖人と言われる人が埋葬されてきたお城で、事故は悲劇的だけど、一代の大統領が・・・? というわけです。

まだまだいろいろ起きるだろうと思います。
言葉はわからなくとも、雰囲気を察するようにちょくちょくテレビを見ようと思います。

2010年4月12日月曜日

凝り固まった考え??


外が明るいので(今午後7時過ぎです)、調子に乗って、もう一つ。

3月末にワルシャワで、日本語を勉強している人の弁論大会がありました。
皆さんとてもお上手で、日本に行ったこともないのに、本格的に勉強し始めて2、3年でこんなに話せるのか、と、すごく感心しました。

1位になった人も話は、発音も話の内容も分かりやすく、理路整然としてすばらしいものでした。
でも、私は、どうしても心で受け入れられないものがありました。
彼女の話は、題は「それでも日本車を買いましょう」というもので、内容は最近プリウスに欠陥があったけれど、友達のドイツ車と自分の日本車を比較して、こういう点が素晴らしいから、日本車がいいです、というものでした。
日本車をほめてもらうのは、日本人としてうれしいし、彼女の比較説明は論点もはっきりしていて独自の資料もあり、弁論大会のスピーチとして本当に素晴らしいものでした。

でも、どうして、日本車とドイツ車の比較なんでしょうか。
このことが、どうしても受け入れられない点でした。
ここは、ポーランドです。人の国の車の比較なんかしていないで、自分の国で車を作りましょう!!という話だったら、そうだ、そうだ!!と拍手をおくったでしょう。
この国の主だった産業(特に外貨が稼げる輸出もの)は、何でしょうか。
私は、人、のような気がします。つまり、出稼ぎです。
国内に産業があれば、人は外に働きに行かなくてもいいのではないか、と思ってしまいます。

今、ポーランドはEU加盟国です。だから、EU全体を一つの国とみなせば(何年かのちには、通貨もユーロになる)、たとえて言えば、東北から東京川崎に出稼ぎに行くようなものと考えれば、気にする必要もないのか、とも思います。
さらに、国内に産業を、と考えるこの考えが実に島国の日本的発想で、もっとグローバルにものは考えるべきなのか、とも思います。

人の文化を理解する、と言いながら、自分の考えに凝り固まっているような気もして、このことを考えると、なんかなーとすっきりしないです。
だから、しりきれとんぼでおしまい。

「は」と「が」

日本人なら、何の意識もしないで使い分けしている「は」と「が」ですが、外人さんには難しいようです。
私にとっての英語の前置詞や、ポーランド語の動詞の性や数による活用変化と同じようなもののようです。
解説書を読んで、自分では理解できるし、たまになるほど!!と思う時もありますが、日本語の通じない外国の人に説明するのは、私にとっては試練の一つでもあります。
日本の文法を説明できるほどの英語力は全くないし、結論としては、とにかくこのまま例文を憶えてちょーだい(なんせ、まだ「みんなの日本語」の8課、9課レベルですから)、もうちょっと先に進んだら、もう少し詳しく日本語で説明するから、ということで納得してもらいました。
こちらの先生や、先輩の人に資料をもらったり、いろいろ聞いたりしました。
四六時中考えていると、見えなかったことも見えてくることがあります。(というか、もとの勉強不足?)
(^ ^;)
「・・は ~が」構文がどうしてこんなに課が分かれて出てくるのかわからなかったんですが、あ、なるほど、と思えてきました。
やっぱり教科書を作った人って、えらい。
そして、自分が日本語という言語そのものに興味がある、ということも気づきました。

イースターの休みの前に、お世話になっている先生から、「言葉の海へ」という、日本で初めて近代的な辞書を作った人のことを書いた本をお借りしました。
題目を聞いた時は、あまり借りたくないような気がしていましたが、読んでみたら、とても面白かったです。
この本は、「坂の上の雲」とほぼ同時期の、明治前半が主な舞台です。
世界に対して、この国をどうしたいかが熱く語られていて、もうひとつ、自分の中を発見できました。
私は、幕末、明治維新のころのような、何かを壊して新しいものを作っていく、というよりも、そのちょっと先でなにかを作り上げていく頃の方が好きみたいです。
同じ感じで、終戦後の、功罪はあっても通産官僚がこの国の産業の発展を推し進めていったころも好きですね。これは多分に『官僚たちの夏』が影響していますけど。

とにかく、自分では気付かなかったことも、いろいろ気づかさせてもらって、長く生きてるといいこともいっぱいあるかな、と思えるようになりました。

石の上にも三年、と言いますから、少なくてももう一年はここでやっていきたいと思います。
さらにいろんなことを考えたり、発見できると楽しいなぁと、思っている今日この頃です。
暖かくなってきたら、人間は前向きになるもんだわい。

突然の訃報

今週末は、イースター明けの週末クラスの授業でした。
金曜日は、夜ひとつだけなので、土曜日、日曜日に授業が集中しています。
土曜日の最初の授業の時、学生が教室の外にいて、なかなか入ってきません。
「もう始まるよ~」と、お気楽に声をかけたら、入ってきた学生が、「先生、大統領が亡くなりました。」と英語で言ってきました。
最近英語がどんどん苦手になっている私は、何を言っているのか、ピンとこなくて、事態を理解するのに少し時間がかかりました。
単なる事故か、テロなのかわからないので、学生も騒然としていて、「この国はどうなるのだろう」と、かなり不安げでした。
「学長がまた来るかもね」と言って、授業を始めましたが(ほんとによく学長が授業を見にくるんです)、そのうち、大学の管理の人が来て、今日の授業はすべて打ち切り、ということになりました。
テレビでも放映していましたが、たくさんの人が教会へお祈りに行ったり、大統領府に行ったりで、ワルシャワの大統領府の前は花とろうそくで埋め尽くされていました。
敬虔なカトリック信者の国ならではのことですね。
日曜日は普通に授業があったので、学生に詳しい話を聞きました。
とにかくテレビを見ても、悲しいかな、ポーランド語が分からないので、映像以上のことはわかりません。
選挙は二ヶ月後ということなので、次にどんな人を選ぶのかで、この国の人がどうしたいのかが少し見えてくるかもしれません。
私はどうしても大統領の専用機が天候不順で墜落する、ということが理解できませんでした。
絶対、はあり得ないことですが、普通、パイロットも、機体も、大統領機なら最高のものが使われている、と思うじゃないですか。
だから、すごく不謹慎ですが、学生にも色々訊いてしまいました。
学生の一人が、大統領夫妻が亡くなってしまったことは大変なことだし、とても悲しいことだけど、それ以上に、政府、軍の要人もたくさん亡くなってしまった、このことの意味がさらに大きなことに思える、と私に教えてくれました。

心やさしいポーランドの人たちが、早くこの悲しみから立ち直ってくれることを祈らずにはいられません。